大阪地方裁判所 昭和52年(レ)69号 判決
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【判旨】
二用法違反による解除について
1 本件特約
<証拠>によると、本件賃貸借契約締結の際、本件特約がなされたことが認められ、この認定に対する原審での被控訴人本人尋問の結果は採用しないし、ほかにこの認定に反する証拠はない。
2 本件工事と本件特約による解除について
(一) 本件建物の便所は従来くみ取り式であつたところ、被控訴人が昭和四八年八月ころ、本件工事を行つたこと、控訴人らが昭和四九年五月一七日到達の書面で本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたのは当事者間に争いがない。
(二) 本件工事はくみ取り式便所を水洗式便所に改造したもので、本件建物の一部である便所の構造を変更したものであるから、本件特約により承諾が必要な行為に該当するというべきである。
(三) 被控訴人は居住を目的とする建物の賃貸借においては、賃借人は健康で文化的な生活を営むために賃貸人の承諾をえなくてもくみ取り便所を水洗便所に改造することができると解すべきであると主張するが、本件工事は便所の構造を半永久的に変更するもので、控訴人らの本件建物に対する所有権を侵害するものであり、本件特約が設けられた趣旨にも照らすと、控訴人らの承諾が必要であると解すべきである。
もつとも、<証拠>によると、訴外大阪府知事は昭和四九年六月二五日、訴外全大阪借地借家人組合連合会に対し、便所の水洗化促進等について回答を寄せ、借家人が自費で便所の水洗化を申請する場合、地主及び家主の承諾は不要とする旨を述べていることが認められるが、右回答は水洗化の促進という行政上の目的に鑑み、行政手続としては承諾書(印)等の添付を申請要件としない趣旨であることが明らかであり、右回答から賃貸借契約上も右承諾が不要であると解することはできないから、右回答はこの認定の妨げとはならない。
(四) そうすると、本件工事については本件特約により控訴人らの承諾が必要であつたと認めるほかはない。
3 控訴人らの承諾について
被控訴人は控訴人らは昭和四八年六月二四日、被控訴人が自費で本件工事を行うことを承諾したと主張するが、これに副う<証拠>に照らすと採用できないし、そのほかに本件に顕われた証拠を仔細に検討しても右事実を認めるに足りる証拠はない。
そうすると、被控訴人のこの主張は理由がない。
4 特段の事情について
(一) 本件工事に至る経緯
<証拠>を総合すると次の事実が認められ<る。>
(1) 大阪市長は昭和四三年六月二九日、大阪市告示第二四四号により、下水道法九条二項に基づき、本件建物所在地を大阪市阿倍野区阪南町二ないし七丁目について、同年七月一日から終末処理場による下水の処理を開始する旨を告示した。
右告示当時、被控訴人は本件建物、訴外西森豊子はイ建物、同川辺幸蔵はロ建物、同森正路はハ建物(同訴外人は昭和四四年一一月九日死亡し、森ミツヨがその貸借人の地位を承継した)、脇阪龍雄は二建物を、いずれも所有者である控訴人らから賃借して居住していた。
なお、本件建物は地代家賃統制令の適用を受ける建物である。
(2) 被控訴人らは右告示直後、控訴人らと水洗便所に改造することについて交渉したが、控訴人らは建物が古いから水洗便所に改造するつもりはなく、建て直したいと述べて、右申し入れを拒否した。
被控訴人はそのころ、訴外中岡設備工業株式会社に本件工事の見積りをさせたが、右のとおり、控訴人らの承諾がえられなかつたため、排水共同工事に参加できず、やむなく昭和四四年三月一日、訴外山口他三名に対し、後日承諾がえられた場合には右工事分担金一万四〇八〇円を負担する旨の覚え書きを差し入れた。
(3) まもなく、本件建物周辺の建物の便所は、本件建物及びイ、ロ、ハ、ニの各建物を除き、すべて水洗便所に改造された。
控訴人田中佳彦は昭和四四年七月一八日付書間で被控訴人に対し、世話になる謝礼として本件建物の水洗化工事を優先的に行うことを申し入れたが、被控訴人はこれに応じなかつた。
控訴人田中佳彦はそのころ、イ建物において、川辺幸蔵の妻訴外川辺つぎのらと交渉し、賃料を三倍に改訂したいと申し入れたが、川辺つぎのらは水洗化工事を承諾してくれるなら二倍までの改訂に応じると述べ、話し合いは平行線をたどつた。
控訴人田中佳彦は被控訴人らに対し、その後何度も賃料改訂を申し入れたが、被控訴人らはその都度、水洗化工事の承諾を要請し、話し合いがつかなかつた。
(4) 大阪市は昭和四六年六月二一日から水洗化促進のための行政指導を始めた。
本件建物の賃料はそのころ、一か月金二七一〇円であつたが、地代が上がつたため、同年九月から一か月金四〇〇〇円に改訂された。
(5) 控訴人田中佳彦は同年一〇月、被控訴人の要請で水洗化工事について話し合うため帰阪したか、被控訴人の都合で会えず、かわつて川辺幸蔵から被控訴人らの意見をまとめて後日返事するとの電話があつた。
被控訴人、西森豊子、川辺幸蔵の三名は昭和四七年三月三〇日付書簡で控訴人田中佳彦に対し、同年度一月分から申し入れのあつた賃料改訂について、同年四月分から被控訴人らが借地借家人組合等と相談のうえ算定した金額(被控訴人は金八〇〇〇円、西森豊子、川辺幸蔵は各六二〇〇円)により支払う旨述べるとともに賃料に変動がない限り、喜んで水洗化工事を受ける、もし、この書簡についての回答がない場合には、自費で改造する旨を申し入れた。
控訴人田中佳彦は同年四月一七日付書簡で被控訴人に対し、賃料改訂の回答に対する不満を述べるとともに、控訴人らが責任をもつて水洗便所に改造する、その条件として森ミツヨとは現在ハ建物の明け渡し請求訴訟中であるから右対象から除外する、被控訴人らのうち、まず一戸だけを水洗化したいので被控訴人らにおいてその順番を決めてもらいたい、決して無断で水洗便所に改造しないことを申し入れた。
なお、本件建物の賃料は同月から右回答とおり一か月金八〇〇〇円と一挙に二倍に改訂され、さらに昭和四八年四月から一か月金一万円に改訂された。
(6) 川辺幸蔵は昭和四八年六月一七日付書簡で控訴人田中佳彦に対し、本件建物周辺の建物の便所は本件建物及びイ、ロ、ハ、ニの各建物を除き、ことごとく水洗便所に改造されている実情と水洗化の遅れによる悪臭のため近所に迷惑をかけており、区役所からも早く水洗化するようにとの督促を受けていることを訴え、右承諾があればさらに賃料改訂についても応じる意向であると述べて重ねて右承諾を申し入れた。
(7) 同月二四日、控訴人田中佳彦、被控訴人、佐川豊子、川辺幸蔵、西森豊子夫婦、訴外森正十之らが本件建物に話し合いのため集まつた。
被控訴人はその際、控訴人田中佳彦に対し、大阪市発行の市政だよりを示して重ねて右承諾を求めたが、控訴人田中佳彦は水洗便所改造は家主である控訴人らが行うもので、被控訴人らが自費で改造した場合、将来造作買取請求権を行使され不測の損害を被るおそれがあるので、自費改造には応じられない、右承諾よりもまず賃料改訂に応じてもらいたい、その額については大阪府知事の許可をえることにすると繰り返し述べ、水洗化を承諾しなかつた。
(8) ところで、昭和四五年一二月二五日法律一四一号によつて追加された下水道法一一条の三第一項は処理区域内においてくみ取り便所が設けられている建築物を所有する者は、当該処理区域についての九条二項において準用する同条一項の規定により公示された下水の処理を開始すべき日から三年以内に、その便所を水洗便所に改造しなければならない旨を規定し、同附則四条はこの法律の施行の際、現に処理区域内に存する建築物の所有者に対する新法一一条の三第一項の規定の適用については同項中「当該処理区域についての九条二項において準用する同条一項の規定により公示された下水の処理を開始すべき日」とあるのは「下水道法の一部を改正する法律(昭和四五年法律一四一号)の施行の日」とすると規定し、右法律は昭和四六年六月二四日施行された。
そうすると、控訴人らは昭和四九年六月二二日までに水洗便所に改造すべき義務を負つていた。
(9) 控訴人田中佳彦は昭和四八年七月二日付、そのころ到達した書面で川辺幸蔵に対し、無断で便所の改造その他家屋の現状を変更するような工事を行うことを禁止する、もし、これに違反すれば直ちに原状に回復してもらうとともに賃貸借契約を解除することもある旨を重ねて申し入れた。
(10) 被控訴人らはこのような控訴人らの態度に鑑み、このまま交渉を続けても控訴人らの承諾をえられそうもないと考え、借地借家人組合に相談したところ、同組合から同年六月で統制が期限切れとなつたから、家主の承諾がなくても水洗便所に改造してよいと助言されたので、右助言に従い、控訴人らの承諾をえないまま、右工事を行うことに決めた。
被控訴人らは当初前記見積りをとつた中岡設備工業株式会社に対し、右工事を発注したが、中岡設備工業株式会社は建物所有者である控訴人らの承諾がないという理由で断わつてきた。
しかし、中岡設備工業株式会社は被控訴人らに対し、区域外の大洋設備工業株式会社を紹介してくれたので、被控訴人は本件建物は控訴人らの所有であることを述べたうえ、大洋設備工業株式会社との間で、本件工事請負契約を締結した。
これと同時に、川辺幸蔵、西森豊子、森正十之も大洋設備工業株式会社との間で各建物の水洗化工事請負契約を締結した。
(11) ところで、脇坂龍雄だけは控訴人らの承諾をえて、同年七月一二日、大阪市長に対し、確認申請書と助成申請書を提出し、その確認をえたうえ、大洋設備工業株式会社に右工事を行わせた。
被控訴人らは控訴人らの承諾がえられなかつたため、大阪市長に対する確認申請等所定の行政手続を経ないで右工事を行つた。
(12) 大洋設備工業株式会社は中岡設備工業株式会社の前記見積りをそのまま使用して本件工事を行い、同年八月中旬ころ完了した。
被控訴人は同月一九日、前記覚え書きに基づき、共同排水分担金一万四〇八〇円を支払い、さらに同年九月五日、大洋設備工業株式会社に対し、本件工事代金として金七万六〇〇〇円を支払つた。
(13) 被控訴人は昭和四九年一月一七日、大阪市長に対し、確認申請書及び助成申請書を提出した。
両申請書は大洋設備工業株式会社が被控訴人、西森豊子、川辺幸蔵、森正十之について統一的に記載してきたもので、脇阪龍雄のそれと異なり、被控訴人らをその建物所有者と記載してあつた。
佐川豊子は右内容の説明を聞かずに大洋設備工業株式会社の係員に言われるまま印章を渡し、右係員が右印章を用いて両申請書の被控訴人名下に押印した。
(14) 大洋設備工業株式会社は被控訴人名義の助成申請書に本件工事代金として金七万二六八〇円と記載し、同年三月九日、大阪市から本件工事の助成金として金四〇〇〇円を受領した。
被控訴人は大洋設備工業株式会社が右助成金を受領したことは知らなかつた。
(二) 右認定の事実によると、下水道法上、控訴人らは未だ期限を徒過していなかつたが、本件建物周辺の水洗化が進んでいる現状と被控訴人が近所の苦情や区役所からの督促等により数年困惑していることを知悉しながら、承諾の条件としてまず賃料改訂を執拗に要求し、被控訴人が順次これに応じているのにあくまで自己の主張を固持して承諾を与えようとしなかつたもので、その態度は賃料改訂の手段として右承諾権を濫用したものと認められてもやむをえないものがある。
他方、被控訴人は順次賃料改訂に応じてきていたばかりか、数年間にわたり、近所の苦情や区役所からの督促等により困惑させられていたもので、その交渉経緯に照らし、今後控訴人らとの間で交渉を続けても容易にその承諾はえられないと考え、借地借家人組合の助言に従い、本件工事を専門業者に発注した。
また、被控訴人は大洋設備工業株式会社に対し、本件建物の所有者とせん称したことはなく、助成申請書は本件工事終了後、工事代金を支払つてから四か月も経つてから大洋設備工業株式会社が作成したもので、右助成金も大洋設備工業株式会社が受領した。
(三) このような控訴人らと被控訴人との交渉の経緯、被控訴人の本件工事を行う必要性、緊急性に照らすと被控訴人が控訴人らの承諾をえずに本件工事を行つたことにはまことに緊急やむをえない事情があつたというべきであり、その行為態様、選定した請負業者も相当であつた。
この事実に、本件工事は便所の構造自体には変更を加えるものであるが、その程度は本件建物の基本的部分を損傷しない小規模なものであり、公衆衛生にも資することを総合勘案すると、被控訴人が本件工事について控訴人らの承諾をえなかつたことについては、控訴人らとの間の信頼関係を破壊するおそれがあると認めるに足りない特段の事情があるというべきである。
5 結び
よつて、控訴人らの解除権の行使は許されないから、その余の点について判断をするまでもなく、控訴人らのこの主張は理由がない。
(林繁 笠井達也 播磨政明)